目薬のさし方

目薬の正しいさし方を今まで知らなかった。。。

いつもは、親指と人差し指で、まぶたの上下を開いて、
目の真ん中に目薬を落とそうとして、何回も失敗していたり。

ところが!

「目薬の正しいさしかた」というものがあることを初めて知った。

jp.rohto.com

片手であかんべえをする。
顔をしっかり真上に向け、目薬を持っていないほうの手で下まぶたを軽く引き下げて、あかんべえの状態にします。

smile.lion.co.jp

目を開いて下まぶたを引いた状態で、指定の分量を目にさします。
目薬の容器の先が目やまつ毛に触れないよう注意しましょう。

なんと、下まぶたを指で軽く引き下げて、目とまぶたの間のスポットに目薬を落とすのだそう👁️‍🗨️💧

そして目薬さしたら、目をパチパチせず、目を1分間くらい閉じるのだという。

これやってみたら、なんと失敗することが激減した。
確かに受け皿みたいな場所に落とすのだから、間違いないよね。

一体今まで何をやっていたことか・・・
こんな簡単に解決したなんて・・・

みんな知っていたのかな? 知らなかったのは自分だけ?

ただ、「目を1分間くらい閉じる」これはなかなか難しい。
1分て結構長いよ。

自分は長くても5秒くらいで目を開けてしまうのだが。

ということで、これからは正しく安心して目薬さすことできるようになりました。

めでたし、めでたし。

 

─── ⌘ ───

ところで9月1日、、AppleのCEOが、正式にジョン・タータナスにバトンタッチされた。
長期にわたり、スティーブ・ジョブズから受け継いだ仕事を全うしたティム・クックは、引き際も見事だったと思う。

さて、日本時間では9月10日 午前2時から、
パチーノのアップル本社内「スティーブ・ジョブズ・シアター」にて、
ジョン・ターナスによる初の基調講演が予定されている。

さて、折りたたみiPhoneの噂もあるが、何が出てくるのか?

 

── 💧 💧 💧 👁️‍🗨️ 👁️‍🗨️ 💧💧💧 ──

天然の鮎

天然の鮎食べた

山田五郎さん

「山田五郎 オトナの教養講座」の山田五郎さんが、
2026年7月14日に67歳の若さで亡くなった。

www.youtube.com

YouTubeでその病状経過を説明されていたので、いつかはとは思っていたけど、
なんだか、今でも信じられない。

始まりはこのYouTubeのことを友人が教えてくれて、
それがきっかけで毎日のように見ることになり、
さらに自分は、大塚国際美術館にまで実際に訪れることになったわけで、
美術の素晴らしさ、面白さ、不思議さ、奥深さを本当にわかりやすく解説してもらって、
毎回毎回、大好きな先生の授業を受けているかのように楽しんで見ていた。

内容が濃いから、何度見ても発見があったりするので同じ動画を何回も何回も見た。

「山田五郎 オトナの教養講座」は、五郎さんのマネージャーさんが、

「この先も閉鎖せず、ずっと公開続けていきます」

と語ってくれていたので、それは本当に嬉しい限りである。

「山田は天国へ出張中なので」と。

この「山田五郎 オトナの教養講座」、美術界の宝だよ、本当に。

まだ実感が湧かないけど、いつか突然、
YouTubeで「帰ってきたよ!」と登場するのではないかと、
本当にそんな気持ちになっている。

 

そういえば、かなり昔に、護国寺駅の近くのカレー屋さんでランチを食べていたら、
並びに五郎さんが食事していたことがあった。

その時は、「よくテレビで見かける物知りのおしゃれな人だな」、
くらいにしか思っていなかったけど、
こんなに深く美術に造詣が深い人だとその時は知らなかった。
(美術に限らないけど)

とにかく、もっともっと、沢山の美術の話を聞きたかったです。

それが本当に残念でなりません。

67歳って早過ぎますよ、五郎さん。

 

www.mononcle.jp

o-museum.or.jp

 

── 💀 ⌚️ 🎸 🎨 🖼️ 🖌️ 🕰️ ☠️ ──

山田は天国に出張中!

山田は天国に出張中!

「全角ハイフン」の沼にハマる

Webサイトのフォーム入力で、よくあるのが、
「住所は全角で入力してください」というもの。

フォーム入力の時点で、半角入力を全角に自動変換してくれる場合もあるけど、
そうなっていない場合は、エラーとなって進めなかったりする😅

例)
東京都港区芝公園4-2-8 →エラー⚠️
東京都港区芝公園4-2-8 →正解✅

この住所の「全角ハイフン」の文字が結構やっかいで・・・

自分は単語登録して使っているのだけど、
入力した文字が正しい文字かどうか、後から調べることはできないかと色々と模索していた。

まず、このような住所での全角ハイフンの文字は、
「全角ハイフンマイナス」という文字を使う。

Unicodeが「U+FF0D」のものが正解。

 

文字 名称 Unicode HTMLコード
- 全角ハイフンマイナス U+FF0D -

 

入力した文字が正しくこのコードかどうか調べたい時には、
あくまでMacの場合だけど、

キーボードのキーで「地球儀マーク🌐 / fn」というものがある機種は、
この「地球儀マーク🌐 / fn」クリックで、文字ビューアが起動する。

便利なのは、入力した文字を選択した状態で、「地球儀マーク🌐 / fn」クリックすると、
選択した文字情報を文字ビューアで表示してくれる。

文字ビューア

文字ビューア

ただ、デフォルトでは文字コードまでは表示してくれないので、
文字ビューアの設定を少し変更する。

文字ビューアの左上3点リーダークリックで「リストをカスタマイズ」を選択し、

リストをカスタマイズ

リストをカスタマイズ


「カテゴリを選択」の画面が出たら、一番下の方の「コード表」で「Unicode」にチェックを入れる。

コード表

コード表

右下「完了」クリックしておくと、次回から、
文字ビューアに選択した文字の文字コードも表示してくれる。

文字コード表示

文字コード表示

 

これ地味に便利😁

ところが!

その後も色々試していたら、妙な現象が発生。
アプリによっては、この機能が動作しないことが判明した😭

エディタや、Appleメモ、Word、Excel、PowerPoint、Pages などは、問題ないのだが、
ブラウザで表示されている文字選択だとこの機能が使えず、文字ビューア起動となってしまうのである。

どうも、

「地球儀マーク🌐 / fn」ワンクリックで文字情報確認ができるのは、編集可能なテキストを扱うアプリだけ

みたいで、当初自分が一番行いたかった、Webフォーム入力の文字情報の確認は、

ブラウザから直接はできず、

ブラウザで文字選択
 ↓
「地球儀マーク🌐 / fn」クリック 文字ビューア起動
 ↓
そのまま「Command + C」(コピー)
 ↓
文字ビューア検索窓に 「Command + V」(ペースト)

ポイントは、ブラウザで文字選択した状態で「地球儀マーク🌐 / fn」クリック後に、文字ビューアが前面表示している状態でも、ブラウザ側の文字選択は維持されているので、

そのままコピーして、文字ビューアの検索ボックスにペースト

これで文字情報を得ることはできる。

この手順を行う必要があるということ。

やっとうまい方法が見つかったと思ったら、少し残念。。。😭

 

そしてさらに、もうひとつ発覚😅

文字情報確認ができるアプリであっても、

文字種によっては「地球儀マーク🌐 / fn」クリックの挙動が違うことがある

ということ。

例えば、「いち」という文字で、
漢字の「一」や数字の「1」は、「地球儀マーク🌐 / fn」クリックだと、文字情報の表示ではなく、

「いち」の入力時に出てくる関連文字候補が動作してしまうということ。

これは、変換の関連文字が存在する場合、文字ビューアよりも、関連文字表示が優先されるかららしい。

しかしこれも曖昧な感じで、何度も行っていると、以前は関連文字表示だったものが、今度は文字ビューアが表示される時もあったりして、よくわかりません。

 

いやはや、なんということ。

とりあえず、「地球儀マーク🌐 / fn」クリックしてみて、使えなかったら他の手段を行うという感じでいた方が良さそう。

キーボードショートカット「Control + Command + Space」で、文字ビューアを起動させることもできるので、この方法を使うのもアリです。

また、「地球儀マーク🌐 / fn」クリックで文字ビューアが出てこない人は、

システム設定→キーボードで、「🌐キーを押して」の項目が「絵文字と記号を表示」になっているか確認すると良いです。

キーボード設定

キーボード設定



参考までに、ハイフンという文字は色々あるので、まとめてみた。

文字 名称 Unicode HTMLコード
- 半角ハイフンマイナス U+002D -
- 全角ハイフンマイナス U+FF0D -
ー 長音記号 U+30FC ー
― Horizontal Bar U+2015 ―
‐ Hyphen U+2010 ‐
− Minus Sign U+2212 −

 

今回の住所みたいなものは、

-(全角ハイフンマイナス)(ユニコード=U+FF0D)

これであれば正解!

例)
東京都港区芝公園4-2-8


あと、よく間違えやすい文字として、こんなのもある。

文字 名称 Unicode HTMLコード
一 漢字の「いち」 U+4E00 一
─ 罫線(横) U+2500 ─
━ 太罫線(横) U+2501 ━

 

しかし、一筋縄ではいかない、文字関連の話でした。

デジタル世界での日本語文字はやっかいな問題が多いので、本当に面倒です。

 

以前ブログに書いた
「波ダッシュ」と「全角チルダ」の沼にハマる も是非参考にしてみてください。

kiiusi.hatenablog.jp

 

▼▼▼▼▼

江ノ島の夕日と富士山

江ノ島の夕日と富士山

銭湯と桜

銭湯が好きである。

銭湯の開放感と、大きな湯船はとても心を癒してくれて、
リセットされる気がするのがとても良い。

ところが、古くから歴史のある銭湯が少しずつ無くなってゆくのが残念で。

お気に入りだった銭湯のひとつ「松の湯」が2026年3月31日で閉店となってしまった。

見事な銭湯

見事な銭湯

「建物・設備の老朽化、従業員の高齢化等々の諸般の事情により・・・」

とあるが、

閉店のお知らせ

閉店のお知らせ

ここは立派な昔ながらの銭湯で、
宮造り銭湯(または東京型銭湯)とも呼ばれ、寺社仏閣風の荘厳な外観が特徴で、
伝統的な玄関には唐破風(からはふ)が採用されていてとても美しい。
飾り彫刻も素敵である。

唐破風(からはふ)とは、中央が緩やかに丸く盛り上がり、
両端が反り返る美しい曲線(むくり)を描く日本伝統の屋根装飾

この造りが最高

この造りが最高

中に入ると、天井の高い広々とした脱衣場は総ひのき造りで、
お湯の温度も絶妙で、洗い場が快適でとてもくつろぐのが良かった。

ペンキ絵には富士山が広がり、
今時珍しかったのは、カランが、木桶(檜製の桶)だった。

松の湯の特徴

松の湯の特徴

銭湯は昔の造りの方が、何か使う人の気持ちがよく考えられている。
日曜日は薬湯をやっていたな。

この「松の湯」はなんと昭和36年5月から約65年の歴史があったのだと。

これぞ銭湯

これぞ銭湯

銭湯は、なくなってしまうと、新しく増えることがないので、本当に残念でならない。
良き日本の文化が少なくなってしまうことが、とても悲しい。

最後の日も、出かけてきました。

長い間、本当にありがとうございました。

月と銭湯

月と銭湯

 

そんな別れの時期は、ちょうど桜の季節で。
桜は別れの季節なのかな。

桜その1

桜その1

桜その2

桜その2

桜その3

桜その3

桜その4

桜その4

桜その5

桜その5

桜その6

桜その6

桜その7

桜その7

桜その8

桜その8

桜その9

桜その9

桜吹雪

桜吹雪

大塚国際美術館に行ってきた(その4)

前回書いた「大塚国際美術館に行ってきた(その3)」の続き。

印象派の展示を過ぎた頃から、だんだんと時間が足りなくなってきて、駆け足で見れるだけ見るという感じで、あまり写真撮ってる場合じゃなくなってきていた😢

 

日本人が大好きなフィンセント・ファン・ゴッホ登場。

ゴッホが描いた花瓶の「ヒマワリ」全7点。

ゴッホの「ヒマワリ」は、水彩なども含めると、その数10数点に及ぶ。
そのうち花瓶に入った「ヒマワリ」は全部で7点あるとされ、現在その作品は、世界各地に散らばってしまっている。

ここでは、その全7点を一度に鑑賞することができる!

かつて日本にあったが、第二次世界大戦で焼失してしまった「幻のヒマワリ」をも再現している。

o-museum.or.jp

ゴッホは南フランス・アルルの風景を日本の浮世絵のような光と色彩に重ね、「ここは日本だ」といい、「日本の画家はひとつの家で共同制作をしているんだ」と「黄色い家」といわれる家を借りることになる。

この「黄色い家」にゴーギャンを迎え入れるため、「ヒマワリ」を描き始めた。

ゴッホ「ヒマワリ」個人蔵

ゴッホ「ヒマワリ」個人蔵

ゴッホ「ヒマワリ」1945年兵庫県芦屋市の空襲にて焼失

ゴッホ「ヒマワリ」1945年兵庫県芦屋市の空襲にて焼失

ゴッホ「ヒマワリ」ノイエ・ピナコテーク、ドイツ

ゴッホ「ヒマワリ」ノイエ・ピナコテーク、ドイツ

ゴッホ「ヒマワリ」ナショナル・ギャラリー、イギリス

ゴッホ「ヒマワリ」ナショナル・ギャラリー、イギリス

ゴッホ「ヒマワリ」SONPO美術館、日本

ゴッホ「ヒマワリ」SONPO美術館、日本

ゴッホ「ヒマワリ」フィラデルフィア美術館、アメリカ

ゴッホ「ヒマワリ」フィラデルフィア美術館、アメリカ

ゴッホ「ヒマワリ」ゴッホ美術館、オランダ

ゴッホ「ヒマワリ」ゴッホ美術館、オランダ

ゴーギャンは、そのゴッホが「ヒマワリ」を描く姿を描いている。

ゴーギャン「ヒマワリを描くゴッホ」

ゴーギャン「ヒマワリを描くゴッホ」

そして、その他のゴッホの作品を。

ゴッホ「夜のカフェテラス」

ゴッホ「夜のカフェテラス」

この作品は、今日本に来日している。

grand-van-gogh.com

神戸・福島・東京の3ヶ所で開催。

2025年9月20日(土)~ 2026年2月1日(日)
阪神・淡路大震災30年
大ゴッホ展 夜のカフェテラス
神戸市立博物館

2026年2月21日(土)~ 2026年5月10日(日)
福島県政 150周年・東日本大震災 15年
大ゴッホ展 夜のカフェテラス
福島県立美術館

2026年5月29日(金)~ 2026年8月12日(水)
大ゴッホ展 夜のカフェテラス
上野の森美術館

ゴッホ「タラスコンへの道を行く画家」

ゴッホ「タラスコンへの道を行く画家」

ゴッホは数多くの自画像を描いているが、全身像は珍しい。唯一の全身自画像。
第二次世界大戦末期に焼失し、現在は所在不明なので、
これを見れるのも大塚国際美術館ならでは。

ゴッホ「麦わら帽子の自画像」

ゴッホ「麦わら帽子の自画像」

ゴッホ「自画像」

ゴッホ「自画像」

おそらく最後の自画像といわれている作品。

ゴッホ「アルルの寝室」

ゴッホ「アルルの寝室」

ゴッホによる「アルルの寝室」の第3バージョンと考えられている。
浮世絵の影響を受け、意図的に遠近法を「平坦化」し、影をなくすことで、日本の版画のような効果を狙ったといわれている。

ゴッホ「ローヌ川の星月夜」

ゴッホ「ローヌ川の星月夜」

ゴッホ「ガシェ博士の肖像」

ゴッホ「ガシェ博士の肖像」

ゴッホ「種まく人」

ゴッホ「種まく人」

ゴッホが敬愛するジャン=フランソワ・ミレーによる「種まく人」へのオマージュから生まれた作品。

ゴッホ「オーヴェールの教会」

ゴッホ「オーヴェールの教会」

そしてポール・ゴーギャン。

ゴッホは南フランス・アルルに「黄色い家」を借りた後、芸術家共同体の拠点としてゴーギャンを熱心に招いた。

ゴーギャンはあまり乗る気ではなかったらしいが、ゴッホの弟テオが当時困窮していたゴーギャンに金銭的な支援を約束することで、共同生活が始まった。

しかし、ゴッホの「耳切り事件」を契機に共同生活は9週間で破綻してしまうことになる。

ゴッホと別れたゴーギャンは、パリに戻りその後、文明社会からの逃避と原始芸術探求のため、南太平洋のタヒチへ行くことになる。

ゴーギャン「自画像(レ・ミゼラブル)」

ゴーギャン「自画像(レ・ミゼラブル)」

ゴーギャン「説教の後の幻影」

ゴーギャン「説教の後の幻影」

ゴーギャン「イア・オラナ・マリア(マリアを拝む)」

ゴーギャン「イア・オラナ・マリア(マリアを拝む)」

ゴーギャン「ヴァイルマティ」

ゴーギャン「ヴァイルマティ」

ゴーギャン「われわれは何処から来たのか? われわれは何者であるのか? われわれは何処へ行かんとしているのか?」

ゴーギャン「われわれは何処から来たのか? われわれは何者であるのか? われわれは何処へ行かんとしているのか?」

ゴーギャンの画業の集大成ともいえる作品。

画面は右から左へ、人生の始まり(右側)、成人期(中央)、老いと死(左側)が描かれ、彼の人生と哲学を反映し、人間の存在意義を問いかけている。

画面左上に描かれた、タイトルにもなっている3つの問いかけの言葉について(この画像だと見えにくいが・・・)、ゴーギャンは「タイトルではなく署名だ」と語っている。

 

次は、アンリ・ルソー。
もう、この人は面白過ぎて魅力的で、最高なのである。

ルソー「婚礼」

ルソー「婚礼」

ルソーは、正式な美術教育を受けず、税関職員として働きながら独学で絵を描いた「日曜画家」として知られ、独特の幻想的な世界観でシュルレアリスムの先駆けとなった。

当然、公式サロンには落選し、無審査で誰でも出品可能なアンデパンダン展を主な発表の場としたが、当初観客から嘲笑され、批評家からも酷評される反応が主流だった。

ルソー「人形を持つ子ども」

ルソー「人形を持つ子ども」

ルソーの凄いところは、どんなに酷評されても全く動じず、自分の思うままに描き続けたところで、普通長く絵を描いていれば、どんなに下手でも少しは上達するものだが、この人は最初から最後まで、一定のルソー・クオリティを保っている。

 

ジャングルに行ったことないのに、ジャングルを描き、見たこともない動物も登場してくる。
子供は皆可愛くないし、人物の足は必ず地に着いていない。
葉っぱだけは妙に細かく描き込まれ、遠近法は関係なく、好きなものを大きく描き、近くのものと遠くのものの比率が合っていない。

ルソー「異国風景」

ルソー「異国風景」

ルソー「蛇使いの女」

ルソー「蛇使いの女」

しかし、ピカソはルソーの無垢で純粋な創造性と、伝統的な遠近法や技法を無視した大胆な想像力に強く魅了され、「ルソーだけは越えられなかった」と評し、後のキュビズムやシュルレアリスムの画家たちに影響を与えることになる。

そんなルソーの作品は、自分の好きなように、思うままに描き続けることは、それはそれで新たな魅力と価値を生み出すものになるのだと、なんだかルソーの絵を見ていると、思い知らされて、なんだか元気が出るのである。

ルソー「戦争」

ルソー「戦争」

ピカソの作品「ゲルニカ」は、このルソーの「戦争」から影響を受けたといわれている。

 

次はラファエル前派の2人。

「ラファエル前派」とは、イギリスのヴィクトリア朝時代に結成された美術家集団で、当時のアカデミズムに反発した若手画家たちによる芸術運動。

この運動はアカデミズム打破の先駆けとなり、後世の芸術に影響を与える。


ジョン・エヴァレット・ミレイ

ミレイ「オフィーリア」

ミレイ「オフィーリア」

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ

ロセッティ「ベアタ・ベアトリクス」

ロセッティ「ベアタ・ベアトリクス」

 

そして2つの「ヴィーナスの誕生」。

ラファエル前派の反アカデミー運動とは対極に位置する、カバネルと、ブグローの作品。

これらの作品は、いずれもパリ・オルセー美術館に所蔵されており、
その昔、自分はオルセー美術館で本物を見ることができた。

なぜか、カバネルは写真撮り損なっていたので😅、
代わりにオルセー美術館での写真を掲載。

 

アレクサンドル・カバネル

カバネル「ヴィーナスの誕生」(オルセー美術館にて)

カバネル「ヴィーナスの誕生」(オルセー美術館にて)

ウィリアム・アドルフ・ブグロー

ブグロー「ヴィーナスの誕生」

ブグロー「ヴィーナスの誕生」

 

そして、当時のアカデミーの権威、カバネルやブグローに学び、甘美な女性像を得意とした、コランの作品。

コランには、黒田清輝ら多くの日本人洋画家がフランス留学中に師事した。

ラファエル・コラン

コラン「フロレアル」

コラン「フロレアル」

 

次は、世紀末ウィーンを代表する、師弟関係にあった二人の画家。

グスタフ・クリムト

クリムト「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像  I」

クリムト「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I」

クリムト「接吻」

クリムト「接吻」

エゴン・シーレ

シーレ「死と乙女」

シーレ「死と乙女」

シーレ「四本の樹」

シーレ「四本の樹」

シーレ「家族」

シーレ「家族」

 

そして、ノルウェー出身の画家のムンク。

北欧の画家だからか、独特の世界観がある。

エドヴァルド・ムンク

ムンク「叫び」

ムンク「叫び」

描かれた人物は、叫んでいるのではなく、自然から聞こえる果てしない「叫び」に耳を塞いでいる姿。
夕暮れ時に友人たちと歩く中、不安に襲われ周囲の自然が叫ぶような感覚に耐えかねて耳を押さえた瞬間を描いている。

ムンク「マドンナ」

ムンク「マドンナ」

ムンク「生命のダンス」

ムンク「生命のダンス」

ムンク「思春期」

ムンク「思春期」

 

と、この辺りで、閉館時間が来てしまい、時間がなくなり・・・ここまでと。
もっと他にも作品はあるのだが、今回は残念。

ピカソ、モディリアーニ、ルオー、ブラック、クレー、シャガール、モンドリアン、キリコ、ミロ、ダリ、デルヴォー、などなど、そして、ウォーホールに始まる現代アートの先まで続くのだが、残念ながら、時間切れで見れなかった😭

これまで紹介した作品たちは、大塚国際美術館での一部に過ぎないから、またいつか美術館を再び訪れたいと思う。

最後に、ピカソの大作で終わりにしたい。

 

パブロ・ピカソ

ピカソ「ゲルニカ」

ピカソ「ゲルニカ」

アンリ・ルソーの「戦争」にインスバイアされたといわれている作品。

スペイン内戦中のゲルニカ爆撃を題材に、戦争の恐怖と苦痛をモノクロの抽象表現で描いた。

1937年のパリ万国博覧会のスペイン共和国館で初公開された。

 

こうして改めて、古代から中世、近代、そして現代へと西洋絵画の歴史を辿ると、どの時代の作品にもその時代ならではの思想や価値観が色濃く反映され、芸術が途切れることなく連なっていることを実感できる。  

一枚の絵画の中にも、それ以前の多くの巨匠たちが培ってきた技術や発想、ものの見方が受け継がれ、形を変えながら生き続けていることが、リアルに感じられた。

その意味でも、この大塚国際美術館は世界的に価値がある美術館である。

ぜひ、機会があれば訪れてみると、きっと楽しいと思う。

 

▼▼▼▼▼

「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」に行ってきた。

「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」に行ってきた。

大塚国際美術館に行ってきた(その3)

前回書いた「大塚国際美術館に行ってきた(その2)」の続き。

大塚国際美術館は、山を大きく削り取り、その中に建物を埋め込むように造られた施設で、
入り口は地下3階となり、館内は地下3階〜地上2階までの5フロアで、鑑賞ルートは約4kmに及ぶ。

古代から現代までの西洋美術史の流れに沿って年代順に配置されていて、
入り口の地下3階の古代・中世の作品からスタートし、上階へ進むにつれてルネサンス、バロック、近代、現代へと移行する系統展示となっている。

美術ボランティアの人が毎日定時ガイドを実施していて、無料で作品解説や館内案内を提供しているので、
まずは、これを利用して全体像を把握してから、観たいものを中心に改めて回るのが効率的。

 

ヨハネス・フェルメール登場。

大塚国際美術館では、フェルメールコーナーがあり、現時点でなんと11点もの作品が展示されている。
(盗難にあって未だ行方不明となっている「合奏」という作品まである)

フェルメール「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」

フェルメール「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」

代表作といえば、「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」でしょう。

この作品は、1984年開催の「マウリッツハイス王立美術館展」で初来日して、自分はその時、実物を見ることができた。
ただ、この時は修復前でタイトルが「青いターバンの少女」だった。

それが、修復されたらいつしかタイトルが変わって「真珠の耳飾りの少女」となっていた。

初来日の時は、今ほどフェルメールは注目度が低く、知る人ぞ知るって感じだったと思うけど、実際にこの絵を見た時に、自分はとても感動したのを覚えている。

たぶん、その後、絵の修復もあり、(スカーレット・ヨハンソン主演の)映画にもなったことで、一気に注目度が上がっていった。

o-museum.or.jp

1990年にアメリカ・ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館で起こった「美術史上最大の未解決盗難事件」で消失した作品「合奏」。
未だ行方不明となっているが、この作品の展示が新しく加わっていた。

フェルメール「合奏」

フェルメール「合奏」


そして、寓意的な擬人像を描いたジュゼッペ・アルチンボルド。

アルチンボルド「四大元素(水・火)」と「四季(冬・夏)」の4点

アルチンボルド「四大元素(水・火)」と「四季(冬・夏)」の4点

アルチンボルドが描いた野菜や果物、木の根といったもので構成された独特の肖像画。
特定の個人を描いたものではなく、四季や四大元素を擬人化した寓意画。
「四大元素」と「四季」シリーズから4点が展示されている。

 

ドミニク・アングル

アングル「グランド・オダリスク」

アングル「グランド・オダリスク」

通常の人体の比率とは異なり、胴が以上に長く、当時の批評家から「腰椎が普通の人間より3本多い」などと揶揄された。

しかしアングルは、自然の美というものは正確な模写をするのではなく、美を引き出すための素材であるとし、自分の美意識に忠実に画面構成を行うことを重視していた。

これは、後のセザンヌ、マティス、ピカソなどに影響を与えることになる。

アングルはジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」、ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」からのインスピレーションを受けてこの作品を描いたが、主題となる裸婦のポーズはジャック=ルイ・ダヴィッドの「レカミエ夫人の肖像」から取られている。
(前回触れた「ナポレオン一世の戴冠式」を描いた画家)

ジャック=ルイ・ダヴィッド「レカミエ夫人の肖像」

ジャック=ルイ・ダヴィッド「レカミエ夫人の肖像」

この「レカミエ夫人の肖像」は未完成であるらしいのだが、
この未完状態が逆に幻想的で現代的な魅力を生み、後世に強い影響を与えたともいわれる。

 

そして、アングル76歳での傑作「泉」。

アングル「泉」

アングル「泉」

アングルの美的感の集大成ともいえる作品。

 

ウジェーヌ・ドラクロワ

ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」

ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」

民衆を導く果敢な女性は、マリアンヌと呼ばれ、フランス共和国のシンボルである。
ちなみに、マリアンヌは様々な所に存在していて、ニューヨークの自由の女神もマリアンヌ。

 

ウィリアム・ターナー
ターナーは、19世紀のイギリス・ロマン主義を代表する画家で、
光と色彩の革新的な表現で印象派の先駆けと広く評価されている。

ターナー「平和:海葬」

ターナー「平和:海葬」

ターナー「戦艦テメレール」

ターナー「戦艦テメレール」

トラファルガー海戦の英雄船テメレール号の解体を象徴し、帆船時代から産業革命の終焉を描いた。

 

ギュスターヴ・クールベ

クールベ「画家のアトリエ」

クールベ「画家のアトリエ」

この作品は、写実主義のマニフェストとして高く評価され、伝統的なアカデミック美術への挑戦と革新的な寓意表現が最大のポイントとされている。

左側(社会の現実)、中央(画家自身)、右側(支援者)と3分割し、対角線構図や明暗効果で視線をクールベに集約。写実と寓意を融合させた「現実的寓意」が独自性である。

クールベはこの写実的作品について、「私のアトリエで描かれるべくしてやってきた世界」だと述べている。

 

 

そして、ようやく印象派のコーナーへ

「印象派」とは、それまでのアカデミズムのような細密な輪郭線や黒い影、室内での綿密な仕上げを避け、明るく柔らかな空気感を優先し、「筆触分割」(短く速いタッチと鮮やかな純色を重ねて、視覚的に混ぜるのが特徴の描き方)と呼ばれる技法などを用い、形の正確さよりも、光や色が生み出す「その瞬間の印象」を描くことを重視した画家たちの美術運動。

 

エドゥアール・マネ

マネは、印象派というよりは、印象派の先輩といった感じで、
伝統的なアカデミズムを打破し、近代化するパリの情景や人物を描き、
当時の画壇に新風を巻き起こし、近代絵画の道を開いた画家である。

印象派を担ってゆく後輩たちから敬愛され、印象派の先駆者といわれている。

ただ、あくまでもマネは、サロン(フランス・パリの芸術アカデミーの公式展覧会)に出品することに拘り、印象派展には参加しなかった。

1860年代に発表した代表作「草上の昼食」と「オランピア」は、絵画界にスキャンダルを巻き起こした。

マネ「草上の昼食」

マネ「草上の昼食」

前回紹介した、ティツィアーノの「田園の奏楽」から着想を得た作品で、
構図自体は、ラファエロの「パリスの審判」を参考にしたといわれている。

1863年に出品したサロンでは、「不道徳」とされ落選。

その後、同サロンに落選した作品を集めた落選展には展示されたが、
批評家たちの間でスキャンダルを巻き起こした。

マネ「オランピア」

マネ「オランピア」

マネは、「草上の昼食」の落選にもめげず、
1865年に、ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」から着想を得た「オランピア」を出品。

作品自体は入選したが、「草上の昼食」同様に、批評家たちからは「現実の裸体の女性」を主題としていることが批判された。

しかし、アカデミズムに反発する印象派の若者たちからは、強い支持と敬愛を受ける。

後に、セザンヌは「オランピア」へのオマージュとして、「モデルヌ・オランピア」という作品を描いている。

セザンヌ「モデルヌ・オランピア」

セザンヌ「モデルヌ・オランピア」

マネ「オランピア」へのオマージュとして描かれたとあるが、、、
なんともセザンヌらしいとも言えるが・・・

描かれている男性は、セザンヌ自身の自画像であると考えられている。
この作品も1874年の第1回印象派展に出品された際には酷評された。

 

その他のマネの作品に戻ろう。
マネは個人的に大好きな画家なので、紹介作品内容が多いかも😅

マネ「笛を吹く少年」

マネ「笛を吹く少年」

またもやサロンで落選。平面的な描き方が「まるでトランプのカードみたいだ」と、
人物の影がなく、遠近感もなく、宙に浮いているように見えるとのことで、批評家の嘲笑を浴びた。

これは、日本の浮世絵の画法を取り入れた斬新な描き方だったため、当時は理解されなかった。

 

マネ「エミール・ゾラの肖像」

マネ「エミール・ゾラの肖像」

画面右上の壁には、浮世絵や、「オランピア」が飾られている。
浮世絵はこの時、若い画家たちの間で大ブーム。

マネの「オランピア」がサロンで物議をかもした際、ゾラが新聞で擁護記事を執筆。
これに報いるため、マネは1868年にゾラを自身のアトリエに招き、肖像画を描いた。

 

マネ「バルコニー」

マネ「バルコニー」

左側の女性のモデルは、画家ベルト・モリゾ。

ベルト・モリゾは、マネ絵画のモデルとして度々登場し、画家としてもなかなか素敵な作品を生み出していて、印象派展にも参加している。

 

マネ「ナナ」

マネ「ナナ」

もう、高級娼婦が化粧をし身支度をしている、そのままの姿を描いている。

 

マネ「フォリー・ベルジェールのバー」

マネ「フォリー・ベルジェールのバー」

マネ最晩年の渾身の作。
今まで培ってきたマネの技術がふんだんに凝縮されて、近代絵画の最高傑作とも言って良いのではないだろうか。

「フォリー・ベルジェール」とは、今もパリにあるミュージックホールで、そのバーとバーメイドを描いた作品。

鏡を使った背景の描き方は、尊敬・敬愛しているベラスケスの「ラス・メニーナス」のオマージュで、そこにマネ独自の鏡の使い方を行なっている。

この鏡に映る、バーメイドの後ろ姿と紳士の位置がおかしいだろうと、
多くの批評家たちを困惑させ、遠近法の誤りか、意図的トリックか、論争が起こったが、
2000年になって、ようやくこの謎に決着がついた。

心理学者のマルコム・パーク博士が、実際にこの絵と同じセットとモデルを使って実験をしてみたところ、実際に絵の通りに映る角度があることが証明された。

マネは実際に自分のアトリエにセットを作り、実際のバーメイドを呼んで描いているので、
本当にこのように見えていたのをそのまま描いたということである。
ただ、この角度を見つけるのに相当何度も位置の計算をしていたのだと思う。

この絵の凄さについては、「山田五郎 オトナの教養講座」で詳しく解説してくれている。

youtu.be

www.youtube.com

しかし解明されたのは、1882年にサロンに出品されてから、なんと118年後!
なんでそれまで論争していないで、誰も実験しなかったのだろうと・・・

山田五郎さんも言っているけど、マネは「してやったり! これがわかるか?」と思っていたのかもしれない。

 

それでは、印象派の人達の作品を。

クロード・モネ

モネ「印象、日の出」

モネ「印象、日の出」

サロンの審査で、これまでにない新技法作品の落選が続いたため、それに反発した画家たちが集まり、自分たちで1874年に第一回印象派展を開催した。

その時に出品されたモネの作品「印象、日の出」。

この展覧会を批評したルイ・ルロワが、皮肉を込めて風刺新聞に「印象派の展覧会」と記事を書いたのが始まりで、当初は侮蔑的な呼び名だったが、
結果的に民衆には印象派の絵画が受け入れられ、画家たちの間でも「印象派」という呼び名が使われるようになった。

モネ「サン=ラザール駅」

モネ「サン=ラザール駅」

モネ「ラ・ジャポネーズ」

モネ「ラ・ジャポネーズ」

もろにジャポニズムの影響。モネの最初の妻に着物のコスプレさせて描いた。

モネ「日傘の女」

モネ「日傘の女」

モネの作品いろいろ

モネの作品いろいろ

 

オーギュスト・ルノワール

ルノワール「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」

ルノワール「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」

ルノワール「ピアノに向かう娘たち」

ルノワール「ピアノに向かう娘たち」

そしてダンス三部作。

ルノワール「都会のダンス」

ルノワール「都会のダンス」

男性はルノワールの友人の作家ポール・ロート。
女性はシュザンヌ・ヴァラドン(モーリス・ユトリロの母)。

ルノワール「田舎のダンス」

ルノワール「田舎のダンス」

男性はルノワールの友人の作家ポール・ロート。
女性はルノワールの妻となるアリーヌ・シャリゴ。

ルノワール「ブージヴァルのダンス」

ルノワール「ブージヴァルのダンス」

男性はルノワールの友人の作家ポール・ロート。
女性はシュザンヌ・ヴァラドン(モーリス・ユトリロの母)。

 

エドガー・ドガ

左から「ダンス教室」「花束を持つ踊り子」「舞台の踊り子(エトワール)」

左から「ダンス教室」「花束を持つ踊り子」「舞台の踊り子(エトワール)」

ドガ「浴槽」

ドガ「浴槽」

 

ポール・セザンヌ

セザンヌ「りんごとオレンジ」

セザンヌ「りんごとオレンジ」

セザンヌ「三人の浴女たち」

セザンヌ「三人の浴女たち」

 

カミーユ・ピサロ

ピサロ「モンマルトル大通り」

ピサロ「モンマルトル大通り」

 

ウジェーヌ・ブーダン

ブーダン「トルーヴィルの浜」

ブーダン「トルーヴィルの浜」

 

ベルト・モリゾ

モリゾ「ゆりかご」

モリゾ「ゆりかご」

 

この先は、後期印象派以降の画家たちだが、(その4)に続く。

 

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朝日と大鳴門橋

朝日と大鳴門橋

大塚国際美術館に行ってきた(その2)

前回書いた「大塚国際美術館に行ってきた(その1)」の続き。

とにかく膨大な作品量の美術館なので、ひとつひとつじっくりと鑑賞していたら、いくら時間あっても足りないのが残念。

紹介している時代が前後しているところがあるが、とにかく先に進もう。

 

ラファエロの「アテネの学堂」

ラファエロ「アテネの学堂」

ラファエロ「アテネの学堂」

ラファエロ・サンティは、ルネサンスを代表するイタリアの画家。
レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロと共に、ルネサンスの三大巨匠の1人である。

アーチの下に立っている中心人物は、左がプラトン、右がアリストテレス。
プラトンが天を指しているのは、彼が精神世界を研究したから。
アリストテレスが地を指しているのは、科学を意味していると言われている。

プラトンは、レオナルド・ダ・ヴィンチをモデルにして描いたと言われていて、
その男性の足元に四角い机を出して考え事をしている男性は、哲学者ヘラクレイトスであり、モデルはミケランジェロとされている。

画面向かって右下、黒い服と黒い帽子を身に着け、こちらをひょこっと覗いているのがラファエロの自画像であるという。
(ちょっとこの画像では判別難しいが・・・)

当時は、実在の人物をモデルにして歴史上の偉人を描くということは、斬新だったらしい。

続いてラファエロの絵画

ラファエロ「小椅子の聖母」

ラファエロ「小椅子の聖母」

ラファエロ「美しき女庭師」

ラファエロ「美しき女庭師」

左下の子供はイエスであり、母親マリアから「旧約聖書」を取ろうとしている。
右下で跪いている子供はヨハネであり、十字架の杖を手にして、イエスを見つめている。

 

そして超有名な、
サンドロ・ボッティチェッリ「ヴィーナスの誕生」と「春(プリマヴェーラ)」

ボッティチェッリ「ヴィーナスの誕生」

ボッティチェッリ「ヴィーナスの誕生」

ボッティチェッリ「春(プリマヴェーラ)」

ボッティチェッリ「春(プリマヴェーラ)」

過去の話だけど、「ヴィーナスの誕生」の、ヴィーナスの顔が、Adobe Illustrator バージョン10までの起動画面のシンボルとなっていた。

また、サイゼリヤで見たことある人も多いと思う😅

ボッティチェッリは、この時代の宗教改革と政治の荒波に翻弄されて、自分の絵を燃やしたり、キリストの受難や救済をテーマとする宗教絵画ばかりを描くことになり、
「ヴィーナスの誕生」や「春(プリマヴェーラ)」のような魅力的な作品を描かなくなってしまい、悲しい結末を迎えてしまう。

 

そしてこの人も凄いんだな。

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ。

盛期ルネサンスのイタリア人画家で、16世紀ヴェネツィア派で最も重要な芸術家で、
例えば、ルーベンスや、ベラスケス等々、この後の画家達に多大な影響を与えた。

ティツィアーノ「田園の奏楽」

ティツィアーノ「田園の奏楽」

この「田園の奏楽」は、後にエドゥアール・マネの「草上の昼食」に着想を与える。

 

ティツィアーノ「聖愛と俗愛」

ティツィアーノ「聖愛と俗愛」

ティツィアーノ「ウルビーノのヴィーナス」

ティツィアーノ「ウルビーノのヴィーナス」

そしてジョルジョーネ。
ティツィアーノはジョルジョーネと師弟・同僚関係にあり、
ジョルジョーネの助手として働いていたといわれる。

ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」

ジョルジョーネ「眠れるヴィーナス」

ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」は、その後の多くの画家達の「横たわるヴィーナス」の原点ともいえる作品で、この絵はジョルジョーネの死の時点で未完成だったため、ティツィアーノがその後を引き継いで完成させた。

その後、ティツィアーノは、自身で「ウルビーノのヴィーナス」に発展させる。

また、エドゥアール・マネの「オランピア」に着想を与える。
マネはティツィアーノが好きだったのだね。

ゴヤの「裸のマハ」や、ベラスケスの「鏡のヴィーナス」、ルノワール「横たわる浴女」、モディリアーニの「髪をほどいて横たわる裸婦」、藤田嗣治(レオナール・フジタ)の「眠れる女」もこの構図を踏襲している。

この作品は「横たわる女性ヌードの原型」とも言われている。

 

ティツィアーノ「アンドロス島のバッカス祭」

ティツィアーノ「アンドロス島のバッカス祭」

これもまた、ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」からの流れか。

 

この人も忘れちゃならない。

ルーカス・クラナッハ(父)「ヴィーナスに訴えるキューピッド」

ルーカス・クラナッハ(父)「ヴィーナスに訴えるキューピッド」

またこれは面白い作品で、ルーカス・クラナッハ(父)によるルネサンス期の寓意画。

描かれているのは、古代ギリシャの物語で、キューピッドが蜂の巣を盗んで刺され、蜂は彼の顔の周りを飛び回っている。
その苦痛を母ヴィーナスに訴えている場面。

ヴィーナスはキューピッドには同情せず、キューピッドの恋の矢で引き起こされる苦痛は、蜂に刺されるよりひどく、長い苦痛を与えるものだと、例えている。

 

そして、この美術館で大注目の作品、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」。

ここでは、「最後の晩餐」の修復前と修復後の2枚を比較して同時に鑑賞することができる。

これもまた大塚国際美術館ならではの展示方法。

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」修復前

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」修復前

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」修復後

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」修復後

o-museum.or.jp

そして、レオナルド・ダ・ヴィンチの2枚の「岩窟の聖母」。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」

レオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」

【左】ナショナル・ギャラリー(ロンドン)版
【右】ルーヴル美術館(パリ)版

この2枚の「岩窟の聖母」を原寸大で並べて鑑賞できるのも、この美術館のポイント。
ルーヴル版が最初に描かれた。

依頼者とレオナルドが交わした契約では、
中央パネルに聖母マリア、幼児キリスト、二人の預言者(おそらくダヴィデとイザヤ)、周囲に天使を描き、金箔の質・色や特定の色使い、光輪を明確に指定とあったが、
レオナルドの実際の作品では、なぜか場所が岩窟で、光輪が描かれず、預言者を幼児ヨハネと天使に置き換えた。

おまけに納期が来ても仕上がらず(最も納期短すぎたというのもあるみたいだが)、報酬でも揉めたため、裁判となった。

しかしその長い裁判をしている最中で、どうも、別のクライアントに密かに売却しちゃったのではないか? といわれている。

その後裁判が終わって、正式に納品することになったので、もう1枚修正版を描いて納品したと。
(幼児のヨハネに十字架や羊の衣が追加され、天使の視線の向きと右手の位置を変えて、光輪も描かれている)

それがナショナル・ギャラリー版で、それが25年後の話というから、、、
なんともレオナルドらしいエピソードである。

この辺りの詳しい話は、前回書いた「大塚国際美術館に行ってきた(その1)」で紹介している、

山田五郎オトナの教養講座 【名画徹底比較スペシャル】レオナルド2枚の「岩窟の聖母」・・・

で、詳しく説明されているので、興味ある方はどうぞ。

ナショナル・ギャラリー版の方は、修復で古いニスを除去したら、全体に青みが強くなってしまったが、どうもこれが本来の色味らしい。

ちなみに、その昔、実際にルーヴル美術館でこの絵を見た。
その時の写真(2008年)がこれ。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」(ルーヴル美術館にて)

レオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」(ルーヴル美術館にて)

 

さて、次に行こう。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「洗礼者聖ヨハネ」

レオナルド・ダ・ヴィンチ「洗礼者聖ヨハネ」

レオナルドと、その師匠ヴェロッキオ「キリストの洗礼」

レオナルドと、その師匠ヴェロッキオ「キリストの洗礼」

レオナルド・ダ・ヴィンチ「白貂を抱く貴婦人」

レオナルド・ダ・ヴィンチ「白貂を抱く貴婦人」

レオナルド・ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」

レオナルド・ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」

レオナルド・ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」下絵

レオナルド・ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」下絵

レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」

レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」

「モナ・リザ」もその昔、ルーヴル美術館で実際に見ることができた。
ルーヴル美術館では、この絵だけは超厳重で、防弾ガラスに守られ、絵の周りには柵もあるので、あまり近づくことはできなかった。
めちゃ混んでたし。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」(ルーヴル美術館にて)

レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」(ルーヴル美術館にて)

ルーヴル美術館で、他のレオナルド・ダ・ヴィンチの展示はこんな感じだった。

レオナルド・ダ・ヴィンチ作品の展示(ルーヴル美術館にて)

レオナルド・ダ・ヴィンチ作品の展示(ルーヴル美術館にて)

大塚国際美術館の話に戻ろう。
こんな作品もあった。

現存しない幻の傑作で、ボルゲーゼ美術館(ローマ)にレオナルド・ ダ・ビンチの原作の模写がこの元となっている。

レオナルド・ ダ・ビンチ「レダと白鳥」

レオナルド・ ダ・ビンチ「レダと白鳥」

 

次は、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ。

陰影を強烈に表現した、「キアロスクーロ」(光と影で立体感を出す)と「テネブリズム」(闇を多用して劇的な効果を狙う)の技法は、カラヴァジェスキ(カラヴァッジョの技法を受け継ぐ人達)を生み出し、
ルーベンス、ベラスケス、レンブラントなど、後の画家達に多大な影響を与える。

何枚もカラヴァッジョの絵があったけど、その中の1枚。

カラヴァッジョ「聖マタイの召命」

カラヴァッジョ「聖マタイの召命」

新約聖書でイエスが徴税人マタイを弟子に召す瞬間の場面を描いた。
(当時、徴税人は罪人視されていた)

薄暗い室内で金勘定をする男たちの中に、イエスが光とともに現れ、マタイを指差し「わたしについて来なさい」と呼びかける場面。
強い光がイエスの指からマタイの顔へ導き、神の呼びかけと回心の瞬間を象徴している。

光と闇の使い方がとてもドラマチックである。

面白いのは、ではこの絵でマタイは誰なのか?
これが様々な説があって、指差す髭の男か、一番左の金勘定に夢中な男か?
真相はわからないみたいだけど、カラヴァッジョはあえてこの部分を曖昧にしたのでは?
なんて考えもあるようで、マタイは誰なのか? と考えるのも楽しみのひとつかも。

このイエスの指は、ミケランジェロ「最後の審判」があるシスティーナ礼拝堂天井画に描かれている「アダムの創造」のアダムの手からヒントを得たという。

システィーナ礼拝堂天井画「アダムの創造」(青囲み部分)

システィーナ礼拝堂天井画「アダムの創造」(青囲み部分)

 

そして、カラヴァッジョ、カラヴァジェスキの技法から派生した光と闇の使い方を、独自の世界で確立させた、レンブラント・ファン・レインの「夜警」。

レンブラント「夜警」

レンブラント「夜警」

 

古典絵画の最高傑作と言われている、ディエゴ・ベラスケスの「ラス・メニーナス(女官たち)」。

ベラスケス「ラス・メニーナス(女官たち)」

ベラスケス「ラス・メニーナス(女官たち)」

この「ラス・メニーナス(女官たち)」がどれだけ凄いかってことは、「山田五郎オトナの教養講座」のYouTubeで詳しく解説されている。

youtu.be


そして、ピーテル・パウル・ルーベンスの「キリスト昇架(三連祭壇画)」。

ルーベンス「キリスト昇架(三連祭壇画)」

ルーベンス「キリスト昇架(三連祭壇画)」

「フランダースの犬」のラストシーンで、ネロとパトラッシュが見ることになるふたつの絵のひとつ。もうひとつは「キリスト降架(三連祭壇画)」だけど、こっちの展示はなかった? みたい。

 

フランシスコ・デ・ゴヤ

フランシスコ・デ・ゴヤ「1808年5月3日、マドリード」

フランシスコ・デ・ゴヤ「1808年5月3日、マドリード」

ナポレオン軍占領下のマドリードで市民が蜂起し、フランス兵による報復として数百人が処刑された。
中央の白いシャツの男が両手を広げ銃殺寸前で、キリストの磔像を思わせる聖痕が描かれ、犠牲者の殉教性を強調している。

ゴヤはこの事件を1814年にキャンバス油彩で記録し、連作に「1808年5月2日、マドリード」がある。

宗教絵画ではなく、現実の出来事を題材にし、犠牲者の恐怖や加害者の無感情さを強調表現した視点の描き方はゴヤ以前には見られず、革新的であった。

 

フランシスコ・デ・ゴヤ「着衣のマハ」

フランシスコ・デ・ゴヤ「着衣のマハ」

フランシスコ・デ・ゴヤ「裸のマハ」

フランシスコ・デ・ゴヤ「裸のマハ」

18世紀のスペインでは、宗教的、道徳的観点から裸の女性を描くことがタブー視されていた。
女神・寓意・宗教などの名目として描かれた「理想化されたヌード」であれば許されていたが、(まあ、当時の教会や権力者の口実だと思うけど)この作品はその言い訳が通用しなかった。

当時のスペイン首相ゴドイの私的コレクション用に描かれたと考えられている。
この「裸のマハ」のカモフラージュとして「着衣のマハ」も描かれた。

あまりに過激だと制作後に問題視され、裁判所にゴヤが呼び出され、依頼者やモデルの特定を迫られたが、ゴヤは証言を拒んだと伝えられている。

その後、この作品は約100年近くプラド美術館の地下にしまわれ、一般公開されたのは1901年になってから。

「裸のマハ」は、女神や寓意に仮託せず、実在の女性をそのまま裸体として描いた点で、スペイン絵画史上きわめて先駆的な作品とされている。

ゴヤは40代になる頃、ようやくスペイン最高の画家としての地位を得たが、不治の病に侵され聴力を失ってしまう。

「1808年5月3日、マドリード」「着衣のマハ」「裸のマハ」は、いずれも聴力を失ってからの作品。

後に、「聾の家」と通称される別荘を購入し、この「聾の家」のサロンや食堂を飾るために描かれた14枚の壁画群が、「黒い絵」と言われているものである。

フランシスコ・デ・ゴヤ「聾の家」

フランシスコ・デ・ゴヤ「聾の家」

大塚国際美術館では、この「聾の家」も再現していて、奥に「我が子を食らうサトゥルヌス」が飾られていた。

フランシスコ・デ・ゴヤ「我が子を食らうサトゥルヌス」

フランシスコ・デ・ゴヤ「我が子を食らうサトゥルヌス」

ローマ神話のサトゥルヌス(ギリシア神話のクロノス)が、子に王位を奪われる予言を恐れ、生まれた子を次々食らう場面を描いている。

人間の狂気を強調し、超現実主義の先駆けとされ、ルーベンスのような(ルーベンスもこの題材の絵を描いている)神聖さはなく、ゴヤの厭世観や老境の絶望が凝縮された、美術史上最も衝撃的な一枚とされている。


次は、ジャック=ルイ・ダヴィッドが描いた、「ナポレオン一世の戴冠式」。
ゴヤにとっては、ナポレオンはスペインを侵略した象徴的な暴君であり、戦争の惨禍を引き起こした存在ではあるのだが、そのナポレオンを描いた作品。

ジャック=ルイ・ダヴィッド「ナポレオン一世の戴冠式」

ジャック=ルイ・ダヴィッド「ナポレオン一世の戴冠式」

巨大な絵画。なんと幅10m×高さ6m。

「ナポレオン一世の戴冠式」は、1804年12月2日にパリのノートルダム大聖堂で行われた歴史的な儀式の一幕。
この式典でナポレオンは自ら冠をかぶり、妻ジョゼフィーヌに冠を授けることで、フランス革命後の皇帝としての権威を強調した。

この絵画は新古典主義の代表作として知られ、ナポレオンの英雄像を永遠化した。

この巨大絵もルーヴル美術館を訪れた際に、実物を見ることができた。
そのスケールに圧倒される、ナポレオンの巧妙な演出が感じられる作品。

「ナポレオン一世の戴冠式」(ルーヴル美術館にて)

「ナポレオン一世の戴冠式」(ルーヴル美術館にて)

 

次は、ピーテル・ブリューゲルが描いた「バベルの塔」。
ブリューゲル「バベルの塔」の作品は2点現存していて、大きい方がこの作品(通称「大バベル」と言われる)。

ブリューゲル「バベルの塔」(大バベル)

ブリューゲル「バベルの塔」(大バベル)

もう1点の「小バベル」も今後追加してもらえると、この比較も面白そう。

 

本当にこの大塚国際美術館は、このような名画を一度に見れるという面白さがある。

しかし始めたはいいけど、本当に長くなってしまった。(その3)に続く。

 

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渦見茶屋のわかめを練り込んだわかめうどん

渦見茶屋のわかめを練り込んだわかめうどん

渦見茶屋のわかめを練り込んだ「冷やしわかめうどん」が絶品!
徳島のすだちポン酢をかけて食べるのです。
おそらく、このお店でしか味わえない。
美術館からは、地図には乗っていない裏小道を使うとお店まで近道。

tabelog.com