前回書いた「大塚国際美術館に行ってきた(その1)」の続き。
とにかく膨大な作品量の美術館なので、ひとつひとつじっくりと鑑賞していたら、いくら時間あっても足りないのが残念。
紹介している時代が前後しているところがあるが、とにかく先に進もう。
ラファエロの「アテネの学堂」

ラファエロ「アテネの学堂」
ラファエロ・サンティは、ルネサンスを代表するイタリアの画家。
レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロと共に、ルネサンスの三大巨匠の1人である。
アーチの下に立っている中心人物は、左がプラトン、右がアリストテレス。
プラトンが天を指しているのは、彼が精神世界を研究したから。
アリストテレスが地を指しているのは、科学を意味していると言われている。
プラトンは、レオナルド・ダ・ヴィンチをモデルにして描いたと言われていて、
その男性の足元に四角い机を出して考え事をしている男性は、哲学者ヘラクレイトスであり、モデルはミケランジェロとされている。
画面向かって右下、黒い服と黒い帽子を身に着け、こちらをひょこっと覗いているのがラファエロの自画像であるという。
(ちょっとこの画像では判別難しいが・・・)
当時は、実在の人物をモデルにして歴史上の偉人を描くということは、斬新だったらしい。
続いてラファエロの絵画

ラファエロ「小椅子の聖母」

ラファエロ「美しき女庭師」
左下の子供はイエスであり、母親マリアから「旧約聖書」を取ろうとしている。
右下で跪いている子供はヨハネであり、十字架の杖を手にして、イエスを見つめている。
そして超有名な、
サンドロ・ボッティチェッリ「ヴィーナスの誕生」と「春(プリマヴェーラ)」

ボッティチェッリ「ヴィーナスの誕生」

ボッティチェッリ「春(プリマヴェーラ)」
過去の話だけど、「ヴィーナスの誕生」の、ヴィーナスの顔が、Adobe Illustrator バージョン10までの起動画面のシンボルとなっていた。
また、サイゼリヤで見たことある人も多いと思う😅
ボッティチェッリは、この時代の宗教改革と政治の荒波に翻弄されて、自分の絵を燃やしたり、キリストの受難や救済をテーマとする宗教絵画ばかりを描くことになり、
「ヴィーナスの誕生」や「春(プリマヴェーラ)」のような魅力的な作品を描かなくなってしまい、悲しい結末を迎えてしまう。
そしてこの人も凄いんだな。
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ。
盛期ルネサンスのイタリア人画家で、16世紀ヴェネツィア派で最も重要な芸術家で、
例えば、ルーベンスや、ベラスケス等々、この後の画家達に多大な影響を与えた。

ティツィアーノ「田園の奏楽」
この「田園の奏楽」は、後にエドゥアール・マネの「草上の昼食」に着想を与える。

ティツィアーノ「聖愛と俗愛」

ティツィアーノ「ウルビーノのヴィーナス」
そしてジョルジョーネ。
ティツィアーノはジョルジョーネと師弟・同僚関係にあり、
ジョルジョーネの助手として働いていたといわれる。

ジョルジョーネ「眠れるヴィーナス」
ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」は、その後の多くの画家達の「横たわるヴィーナス」の原点ともいえる作品で、この絵はジョルジョーネの死の時点で未完成だったため、ティツィアーノがその後を引き継いで完成させた。
その後、ティツィアーノは、自身で「ウルビーノのヴィーナス」に発展させる。
また、エドゥアール・マネの「オランピア」に着想を与える。
マネはティツィアーノが好きだったのだね。
ゴヤの「裸のマハ」や、ベラスケスの「鏡のヴィーナス」、ルノワール「横たわる浴女」、モディリアーニの「髪をほどいて横たわる裸婦」、藤田嗣治(レオナール・フジタ)の「眠れる女」もこの構図を踏襲している。
この作品は「横たわる女性ヌードの原型」とも言われている。

ティツィアーノ「アンドロス島のバッカス祭」
これもまた、ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」からの流れか。
この人も忘れちゃならない。

ルーカス・クラナッハ(父)「ヴィーナスに訴えるキューピッド」
またこれは面白い作品で、ルーカス・クラナッハ(父)によるルネサンス期の寓意画。
描かれているのは、古代ギリシャの物語で、キューピッドが蜂の巣を盗んで刺され、蜂は彼の顔の周りを飛び回っている。
その苦痛を母ヴィーナスに訴えている場面。
ヴィーナスはキューピッドには同情せず、キューピッドの恋の矢で引き起こされる苦痛は、蜂に刺されるよりひどく、長い苦痛を与えるものだと、例えている。
そして、この美術館で大注目の作品、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」。
ここでは、「最後の晩餐」の修復前と修復後の2枚を比較して同時に鑑賞することができる。
これもまた大塚国際美術館ならではの展示方法。

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」修復前

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」修復後
o-museum.or.jp
そして、レオナルド・ダ・ヴィンチの2枚の「岩窟の聖母」。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」
【左】ナショナル・ギャラリー(ロンドン)版
【右】ルーヴル美術館(パリ)版
この2枚の「岩窟の聖母」を原寸大で並べて鑑賞できるのも、この美術館のポイント。
ルーヴル版が最初に描かれた。
依頼者とレオナルドが交わした契約では、
中央パネルに聖母マリア、幼児キリスト、二人の預言者(おそらくダヴィデとイザヤ)、周囲に天使を描き、金箔の質・色や特定の色使い、光輪を明確に指定とあったが、
レオナルドの実際の作品では、なぜか場所が岩窟で、光輪が描かれず、預言者を幼児ヨハネと天使に置き換えた。
おまけに納期が来ても仕上がらず(最も納期短すぎたというのもあるみたいだが)、報酬でも揉めたため、裁判となった。
しかしその長い裁判をしている最中で、どうも、別のクライアントに密かに売却しちゃったのではないか? といわれている。
その後裁判が終わって、正式に納品することになったので、もう1枚修正版を描いて納品したと。
(幼児のヨハネに十字架や羊の衣が追加され、天使の視線の向きと右手の位置を変えて、光輪も描かれている)
それがナショナル・ギャラリー版で、それが25年後の話というから、、、
なんともレオナルドらしいエピソードである。
この辺りの詳しい話は、前回書いた「大塚国際美術館に行ってきた(その1)」で紹介している、
山田五郎オトナの教養講座 【名画徹底比較スペシャル】レオナルド2枚の「岩窟の聖母」・・・
で、詳しく説明されているので、興味ある方はどうぞ。
ナショナル・ギャラリー版の方は、修復で古いニスを除去したら、全体に青みが強くなってしまったが、どうもこれが本来の色味らしい。
ちなみに、その昔、実際にルーヴル美術館でこの絵を見た。
その時の写真(2008年)がこれ。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」(ルーヴル美術館にて)
さて、次に行こう。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「洗礼者聖ヨハネ」

レオナルドと、その師匠ヴェロッキオ「キリストの洗礼」

レオナルド・ダ・ヴィンチ「白貂を抱く貴婦人」

レオナルド・ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」

レオナルド・ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」下絵

レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」
「モナ・リザ」もその昔、ルーヴル美術館で実際に見ることができた。
ルーヴル美術館では、この絵だけは超厳重で、防弾ガラスに守られ、絵の周りには柵もあるので、あまり近づくことはできなかった。
めちゃ混んでたし。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」(ルーヴル美術館にて)
ルーヴル美術館で、他のレオナルド・ダ・ヴィンチの展示はこんな感じだった。

レオナルド・ダ・ヴィンチ作品の展示(ルーヴル美術館にて)
大塚国際美術館の話に戻ろう。
こんな作品もあった。
現存しない幻の傑作で、ボルゲーゼ美術館(ローマ)にレオナルド・ ダ・ビンチの原作の模写がこの元となっている。

レオナルド・ ダ・ビンチ「レダと白鳥」
次は、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ。
陰影を強烈に表現した、「キアロスクーロ」(光と影で立体感を出す)と「テネブリズム」(闇を多用して劇的な効果を狙う)の技法は、カラヴァジェスキ(カラヴァッジョの技法を受け継ぐ人達)を生み出し、
ルーベンス、ベラスケス、レンブラントなど、後の画家達に多大な影響を与える。
何枚もカラヴァッジョの絵があったけど、その中の1枚。

カラヴァッジョ「聖マタイの召命」
新約聖書でイエスが徴税人マタイを弟子に召す瞬間の場面を描いた。
(当時、徴税人は罪人視されていた)
薄暗い室内で金勘定をする男たちの中に、イエスが光とともに現れ、マタイを指差し「わたしについて来なさい」と呼びかける場面。
強い光がイエスの指からマタイの顔へ導き、神の呼びかけと回心の瞬間を象徴している。
光と闇の使い方がとてもドラマチックである。
面白いのは、ではこの絵でマタイは誰なのか?
これが様々な説があって、指差す髭の男か、一番左の金勘定に夢中な男か?
真相はわからないみたいだけど、カラヴァッジョはあえてこの部分を曖昧にしたのでは?
なんて考えもあるようで、マタイは誰なのか? と考えるのも楽しみのひとつかも。
このイエスの指は、ミケランジェロ「最後の審判」があるシスティーナ礼拝堂天井画に描かれている「アダムの創造」のアダムの手からヒントを得たという。

システィーナ礼拝堂天井画「アダムの創造」(青囲み部分)
そして、カラヴァッジョ、カラヴァジェスキの技法から派生した光と闇の使い方を、独自の世界で確立させた、レンブラント・ファン・レインの「夜警」。

レンブラント「夜警」
古典絵画の最高傑作と言われている、ディエゴ・ベラスケスの「ラス・メニーナス(女官たち)」。

ベラスケス「ラス・メニーナス(女官たち)」
この「ラス・メニーナス(女官たち)」がどれだけ凄いかってことは、「山田五郎オトナの教養講座」のYouTubeで詳しく解説されている。
youtu.be
そして、ピーテル・パウル・ルーベンスの「キリスト昇架(三連祭壇画)」。

ルーベンス「キリスト昇架(三連祭壇画)」
「フランダースの犬」のラストシーンで、ネロとパトラッシュが見ることになるふたつの絵のひとつ。もうひとつは「キリスト降架(三連祭壇画)」だけど、こっちの展示はなかった? みたい。
フランシスコ・デ・ゴヤ

フランシスコ・デ・ゴヤ「1808年5月3日、マドリード」
ナポレオン軍占領下のマドリードで市民が蜂起し、フランス兵による報復として数百人が処刑された。
中央の白いシャツの男が両手を広げ銃殺寸前で、キリストの磔像を思わせる聖痕が描かれ、犠牲者の殉教性を強調している。
ゴヤはこの事件を1814年にキャンバス油彩で記録し、連作に「1808年5月2日、マドリード」がある。
宗教絵画ではなく、現実の出来事を題材にし、犠牲者の恐怖や加害者の無感情さを強調表現した視点の描き方はゴヤ以前には見られず、革新的であった。

フランシスコ・デ・ゴヤ「着衣のマハ」

フランシスコ・デ・ゴヤ「裸のマハ」
18世紀のスペインでは、宗教的、道徳的観点から裸の女性を描くことがタブー視されていた。
女神・寓意・宗教などの名目として描かれた「理想化されたヌード」であれば許されていたが、(まあ、当時の教会や権力者の口実だと思うけど)この作品はその言い訳が通用しなかった。
当時のスペイン首相ゴドイの私的コレクション用に描かれたと考えられている。
この「裸のマハ」のカモフラージュとして「着衣のマハ」も描かれた。
あまりに過激だと制作後に問題視され、裁判所にゴヤが呼び出され、依頼者やモデルの特定を迫られたが、ゴヤは証言を拒んだと伝えられている。
その後、この作品は約100年近くプラド美術館の地下にしまわれ、一般公開されたのは1901年になってから。
「裸のマハ」は、女神や寓意に仮託せず、実在の女性をそのまま裸体として描いた点で、スペイン絵画史上きわめて先駆的な作品とされている。
ゴヤは40代になる頃、ようやくスペイン最高の画家としての地位を得たが、不治の病に侵され聴力を失ってしまう。
「1808年5月3日、マドリード」「着衣のマハ」「裸のマハ」は、いずれも聴力を失ってからの作品。
後に、「聾の家」と通称される別荘を購入し、この「聾の家」のサロンや食堂を飾るために描かれた14枚の壁画群が、「黒い絵」と言われているものである。

フランシスコ・デ・ゴヤ「聾の家」
大塚国際美術館では、この「聾の家」も再現していて、奥に「我が子を食らうサトゥルヌス」が飾られていた。

フランシスコ・デ・ゴヤ「我が子を食らうサトゥルヌス」
ローマ神話のサトゥルヌス(ギリシア神話のクロノス)が、子に王位を奪われる予言を恐れ、生まれた子を次々食らう場面を描いている。
人間の狂気を強調し、超現実主義の先駆けとされ、ルーベンスのような(ルーベンスもこの題材の絵を描いている)神聖さはなく、ゴヤの厭世観や老境の絶望が凝縮された、美術史上最も衝撃的な一枚とされている。
次は、ジャック=ルイ・ダヴィッドが描いた、「ナポレオン一世の戴冠式」。
ゴヤにとっては、ナポレオンはスペインを侵略した象徴的な暴君であり、戦争の惨禍を引き起こした存在ではあるのだが、そのナポレオンを描いた作品。

ジャック=ルイ・ダヴィッド「ナポレオン一世の戴冠式」
巨大な絵画。なんと幅10m×高さ6m。
「ナポレオン一世の戴冠式」は、1804年12月2日にパリのノートルダム大聖堂で行われた歴史的な儀式の一幕。
この式典でナポレオンは自ら冠をかぶり、妻ジョゼフィーヌに冠を授けることで、フランス革命後の皇帝としての権威を強調した。
この絵画は新古典主義の代表作として知られ、ナポレオンの英雄像を永遠化した。
この巨大絵もルーヴル美術館を訪れた際に、実物を見ることができた。
そのスケールに圧倒される、ナポレオンの巧妙な演出が感じられる作品。

「ナポレオン一世の戴冠式」(ルーヴル美術館にて)
次は、ピーテル・ブリューゲルが描いた「バベルの塔」。
ブリューゲル「バベルの塔」の作品は2点現存していて、大きい方がこの作品(通称「大バベル」と言われる)。

ブリューゲル「バベルの塔」(大バベル)
もう1点の「小バベル」も今後追加してもらえると、この比較も面白そう。
本当にこの大塚国際美術館は、このような名画を一度に見れるという面白さがある。
しかし始めたはいいけど、本当に長くなってしまった。(その3)に続く。
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